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電気化学における基礎と応用を解説した内容です。
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その5:電子移動速度について

CVを用いて電子移動速度(ks)を求めるには50年ほど前に発表された方法がよく使われる1)。酸化還元ピーク電位幅(ΔEp)から図表を使って求めるこの手法は(理論式から計算によっても求まる)、現在でも時々、論文に引用されて使われる。室温下、可逆系1電子移動ではΔEpは60 mV弱であるが、電子移動速度が遅くなるにつれて、この値が増加する。

この様子をCVシミュレーションで示すと右図のようになる。0.1 cm/sの電子移動速度(十分速く、可逆と見做される)を黒線で描いてある。赤線は電子移動速度がこれより1桁および2桁遅くなる場合のCVであり、漸次、還元ピーク電位、酸化ピーク電位が、ピーク電位幅が広がる方向に変化する。電子移動速度は電子移動の際の活性化エネルギーの大小に依存し、電子移動の前後における分子種の構造変化や溶媒和の変化の大小に影響される。このような速度論的なパラメータを調べることは熱力学的なパラメータであるレドックス電位を求めるのと並んで、電気化学計測における重要な目的となる。
電気化学 の基礎:CVシミュレーション

ところで、ピーク電位幅は電子移動速度のみによって変わるのではない。大きな影響をもつのが未補償溶液抵抗である。これについては前回まで数回に亘って述べてきた。

この辺の事情をシミュレーションで示すと右図のようになる。電子移動速度が速い系(ks = 0.1 cm/s)について、未補償溶液抵抗が20Ω(赤線)と500Ω(青線)の場合について比較したものである。溶液抵抗が大きくなると、電子移動速度による依存性と似たピーク電位幅の拡がりが起こることがお分かりいただけるであろう。言いたいことは、電子移動速度を求める際には溶液抵抗が影響しているか否かの吟味が必要であるということです。
電気化学 の基礎:CVシミュレーション

さらには、レドックス電位はピーク電位の値の平均から算出されるが、溶液抵抗によって生じるピーク電位のシフトは、酸化ピークと還元ピークでは均等ではない可能性も考慮しておくべきであろう(細かいことではあるが)。つまり、酸化、還元のピーク電流値の絶対値は一般には同じではない。上の図では酸化ピークのベース電流はマイナスにあり、そのため酸化ピーク電流の絶対値は、ゼロ電流ベースの還元ピーク電流の絶対値より小さくなっている。電位シフトへの溶液抵抗の影響は電流×溶液抵抗で効いてくるから、電流値も重要なのです。電流値を小さくする、即ち、活物質濃度を減らすとか電極面積を小さくするとか(極端には微小電極の使用)で溶液抵抗の影響か否かの判定が可能になります。

1)R. S. Nicholson, Anal. Chem.,37, 1351 (1965)


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